集団塾で低迷➡東海大医学部推薦枠獲得

医学部への特別推薦枠

長島未来さん

まだ東海大付属高校野球部が甲子園で優勝する前の事。 センター北の塾に東海大付属中学の校長先生と教頭の江崎先生がお話に来てくれました。 「先生の塾はお医者さんのお子さんが多数通っているとのことですので、お子さんを医学部に入れたいと思う親御さんもたくさんいると思います。うちの(東海大付属中高)学校でしたらそういう生徒さんにぴったりの方法があるんです。学年上位80番以内なら、10名の医学部推薦枠があるので校内でがんばれば医学部に行けます。ぜひ、そのことを興味ある方がいましたらいつでもお声をかけてください」。 私はそのとき時「なるほど、今医学部へ入ることは東大へ入るより難しいといわれている時代、それを思うとかなり楽かも!!」と思っただけでした。

偶然に

あれから三名の生徒さんをセンター北の塾から東海大付属へご紹介しました。 一人は東邦大学付属の医者の息子さん、そして今日奇跡の物語に登場する長島未来さんです。 長島さんのお母さんとは私の三番目の子供と幼稚園バスが一緒でした。 毎日バス停でお話しする仲良しでした。 けれど塾を経営して塾に勧めることはあえてしませんでした。 未来ちゃんが小学生から中2にかけて大手フランチャイズ系の集団塾に通っていたときの出来事です。成績が頭打ちで悩んでいたとき、偶然ノースポートで出会いました。 いつもとても不思議に思うことがあります。長島さんとは悩み考えている時「ふとそこで出会いがあった!!」という経路があることです。

真面目で黙々と

未来ちゃんはやることをしっかり丁寧にできる子でした。真面目で黙々と頑張ります。 ですが大手集団塾では無駄が多すぎました。まずその塾のテキストを買って難しいことばかりやり塾の宿題をこなすのに苦労していました。 そんな中2の夏偶然の出会いから夏期講習生で当会に入塾してくださいました。 それからの内容は高校進学へ向けての内申点アップ対策でした。 まず上げれる音楽や美術系をチェックしました。すぐさま音楽は満点で4→5にアップしました。ついで国語も4→5みるみる内申アップができました。

内申点の問題はいつのまにかクリアーしていて悩みはなくなりました。 内申アップしながら私が一番素晴らしいと思ったのは未来さんは自分の弱点を見抜いていることでした。 「私はコツコツ各テストに向けて勉強はできるが、一発勝負の入試に勝てるとは思えないのです」と言ったことです 昔の自分を思い出しました。まるで自分の過去のことのように納得できたのです。 ピンときて迷うわず内申勝負の推薦入試を選びました。 4と5を持つ内申では学校をいくつも選ぶことが可能でした。

三者面談

推薦入試の候補を考えていたとき東海大の校長先生の言葉がよみがえってきました。 私は未来さんに勧めてみました。 「未来ちゃん、内申がこれだけとれるならどこでも行けるけど、東海大付属に入って、上位80番以内をキープしたら医学部に行けるし、未来ちゃんなら女医の道に向いているんじゃない?」と。 未来ちゃんは素直でした。 中学三年12月15日の担任の先生との三者面談で他の学校にも多数行けたのに「佳子先生が東海大付属がいいと言っていたので、そうします」と伝えたと言います。

高校生活も頑張る道を選んだ未来さん

未来さんは自分のハードルにはちょっと低いことを勘で知りつつ12月の面談後も1月も2月も、高校3年生まで中2の受験カリキュラムを変更することなく週3回の指導を4年間続けてくれました。 すでに自立学習は身についていたにも関わらず、先生に確認してもらいに来ていました。 ピアノの上手な子ですのでまるでピアノレッスンの確認のように通ってくれました。 正直私はお友達のお子さんでもあるし、こんなに来てもらっていいのかな?大学には行けるわけだし?と複雑な気持ちもありました。

喜びのメール

先日の夜中ラインでメールが届きました。 「会ってから話そうと思ったのですが、この間のテストと今までの成績が良かったので、学校から特別奨励をもらいました。特別奨励をもらった人は第一希望の学部がもう確定らしいです!第二希望になることはないそうです。奨学金ももらえるみたいです!」と。 私はベッドから飛び起きました。嬉しさがドッと溢れてきました。まるで自分の事のようにワクワクしてきました。 コツコツ、コツコツ、塾など必要ないくらい自分でできるのにペースを崩すことなく淡々と4年も通ってくれたご褒美がありました。 「未来ちゃんは奨学金も手に入れたのだ!! すごい!!」と喜びに満ちていました。 「あの時東海大の先生に言われた通り医学部を希望すれば医学部にも行ける道を手に入れたのだ!!」と 未来ちゃんの人生の新たなスタートに直面できた事に喜びと希望と感謝で一杯です。 ありがとう!! 未来ちゃん。